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---- まず、お二人の普段の活動について教えていただけますか。
村瀬 裕
Hiroshi Murase
水野 誠子
Seiko Mizuno
村瀬:

「絞りの企画から販売まで、トータルに行っています。」

水野:

「私はジュエリーとか、金属のクラフトデザイナーとして活動をしています。」
---- 村瀬さんは職人という立場ではなく、トータルプロデューサー的な存在ということですが、絞りの世界に入ったきっかけは?
村瀬: 「絞りの制作工程は完全に分業化されていて、“下絵を描く”“糸抜きをする”“絞る”など16ぐらいの工程をそれぞれ専門で行う人がいます。私の場合、受注を受けてから、そういう分業を裏に回って手配して一つの製品にまとめ、さらに販売まで行っています。」

水野:

「今なら分業制は作業効率を考えても当たり前になっていますが、昔からそうだったんですか?」
村瀬: 「そう、分業制は昔から成り立っていました。逆にそうでなければまわっていかなかったんです。私のような存在を昔は『影師』と呼んでいました。実は、私がこの世界に入った時には既に影師という言葉さえ死語になっていたんですが、私はあえて影師になりたいと思ったわけです。」

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絞りの技法は100数十種類にも及ぶそうですが、それを把握するだけでも大変ですね。 絞りの手元
村瀬: 三浦絞り、鹿の子絞り、桶絞りなど、実に多彩な技法がありますが、基本的には“一人一技法”。つまり、母から娘へ、そして娘からまたその娘へという風に、代々受け継いでいくものなんですね。」

水野:

「実際に絞りをする人は年配の方が多くて、若い人が年々減ってきています。だから“一人一技法”だと、人とともに技法もなくなってしまうのが問題ですよね。」

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逆に、新しい技法は出てこないんですか?

村瀬:

「新しい技法というよりは、伝承された技法にハイテクな加工を施して全く新しいものを創り上げようという動きは出てきています。」

水野:

「絞りというと、昔は絞った部分を広げて柄を出すのが基本だったんですが、ポリエステルなどに形状記憶効果を施して、柄ではなく無地でも立体として使う技術ができてきました。実は、私は舞台衣装のデザインもやっているのですが、この前ギリシャ演劇でも、絞りのボコボコした衣装を作ったんです。そういう立体感のある衣装って過去にはあまりなかったので斬新なものに仕上がりました。」

村瀬:

「ローテクとハイテクが結びついたカタチで、絞りも変化しています。ただ、そういう新しい発想は、私たちのように絞りにどっぷり浸かった人間よりも、デザイナーや海外のアーティストたちから出てくるんですよね(笑)」

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今回の作品の発想は? 絞り 和洋
洋室のインテリアとして使えば、和洋が織りなす無国籍な空間に。

水野:

伝統的な絞りの柄って本当に素晴しいんですよ。でも、私たちの生活には溶け込んでいない。それがとても惜しいんです。先程ハイテク化の話がありましたが、ハンカチやベッドカバーなどの今回の作品は、全然ハイテクじゃない。むしろローテクなんです。極端に言うと、昔ながらの柄を染めているだけなんですよ。ハンカチひとつにしても、私は伝統的な絞りの柄の方が絶対いいじゃないって思うんです。手前味噌な話ですが、このハンカチ、デザイナーうけがとってもイイんですよ(笑)」

村瀬:

「このハンカチは、専門家の目で見れば色の濃淡がはっきりしていないから『不上がり』とされてしまうんです。でも、水野さんは逆に、こういう色のボケがイイっておっしゃって、にじみの良さを指摘してくれたんです。」

水野:

「私は今回、かなり色にこだわっていて、わざと渋い色を使って、濃淡をはっきりさせないことで、にじみの良さを引き出してみたんです。でも柄はみんな伝統的でベーシックな柄ばかりを使っています。」

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かなりダイナミックに、柄を使っていらっしゃいますね。

水野:

「そうです。今絞りは一つの作品にもいろいろな技法を使い過ぎる傾向にあると思います。そうすると一つひとつの柄の良さが見えてこない。だから今回は、一つの柄を思いっきり大きくして柄の面白さを強調しています。そうすることで、現代の生活にも溶け込むモダンな雰囲気が出せたと思います。私たちクラフトデザイナーの仕事は、この素晴しい絞りをどのように現代の暮らしに生かすかを提案していくことだと思っています。」
---- では、最後に村瀬さん、今後の展望を教えていただけますか?

村瀬:

「これからも国内外を問わず、どんどん絞りの魅力を有松の地から発信していきます。そうすれば感性豊かな世界中のアーティストからも新鮮で面白い発想が返ってきますからね。私自身も有松だけに留まることなく、どんどん外へ足を運んで、絞りの可能性を見い出していきたい。それが素晴しい絞りを次の世代につなげていくことだと思っています。」
---- ありがとうございました。
 
水野 誠子(Seiko Mizuno):
1992年名古屋市有松、鳴海で開催された「国際絞り会議」アドバイザー。以来絞りデザインにたづさわる。
ギリシャ悲劇、絞りによる衣装デザイン3回。
1992年イタリア、コモ(絞り展示)1995EUジャパンフェスト(絞りファッションショー)企画スタッフ。
他、クラフトデザイナーとして日本、オーストラリア、アメリカ等で展覧会出品。
●(社)日本クラフトデザイン協会会員 (社)日本ジュウリーデザイナー協会会員
●(社)日本インダストリアルデザイナー協会中部ブロック事務局
村瀬 裕(Hiroshi Murase):
1952年愛知県東海市に生まれる。1972年より名古屋市有松町「鈴三商店」に従事。1980年より「鈴三商店」の代表者となる。390年の歴史に培われた伝統工芸「有松鳴海絞り」を創造の原点として、絞り独特の表現性を十分に活かし、常に絞りの可能性を追及。絞りの美しさを多くの人々に伝えるべく、「国際絞り会議」への参画をはじめ、国内外で幅広い活動を行っている。
主な展示出品:
1994年
イタリア・コモにて「From Japan」開催。ミラノ・ドムスアカデミーにてワークショップ開催
1995年
イタリア・ミラノ市カッペリーニ社にて「To Japan」開催
1997年
「ワールドファッショントレードフェアー97」(大阪)
1998年 第1回ジャパンクリエーション(東京ビッグサイト)、「テキスタイル・ネットワーク’98 東京展」(東京・青山)、 「Some&Shibori」(ニューヨーク、サンフランシスコ)、「ワールドファッショントレードフェアー98」(大阪)
1999年 「テキスタイル・ネットワーク’99 東京展」(東京・青山)、「ワールドファッショントレードフェアー99」(大阪)
2000年
「テキスタイル・ネットワーク2000 東京展」(東京・青山)
 
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